2009年07月02日

大学祭は「名大祭」と呼ばれ

大学祭は「名大祭」と呼ばれ、1960年から毎年、6月の第1木曜日から次の日曜日に掛けての4日間開催される。また、近年は秋季にも「秋革祭(しゅうかくさい)」と呼ばれるやや小規模なイベントも行われている。一般的には、大学祭は秋季に行われることが多いが、「名大祭」はその第一回開催時に伊勢湾台風の影響で延期となり、翌年の6月に第一回が行われたため、その後も6月に行われることとなった。
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名古屋大学は蛸足大学で、多くのキャンパスが市内や周辺市域に分散していたため、大学全体としての学生の結束が弱いとされた[16]。しかしキャンパスが東山地区に統合されるとともに、安保闘争や伊勢湾台風復興を契機に学生運動が高揚すると、大学祭開催への機運が高まり、1960年に第一回名大祭の開催を見た[17]。しかし各学部の学生団体がそれぞれ企画を催すなどのばらつきも見られた。

現在では教養部を除く各学部の団体が統合された名大祭本部実行委員会と呼ばれる団体が6月の名大祭を主催し、教養部の団体の名残である名大祭一・二年生実行委員会が秋季の秋革祭を主催している。とくに名大祭は多くの研究室・部活・サークルの成果の発表の場として、また全学学生の団結力を示す場として位置付けられている。来場者は毎年約5万人程度であり、その規模は東海地方で最大を誇る。またバリアフリーとごみの再資源化に早くから取り組んでいる。

2009年06月13日

無機的な物事を対象とする物理学や化学においては有効

還元主義は、無機的な物事を対象とする物理学や化学においては有効であった。それらの分野での、17-20世紀における発展に大きく寄与した。例えば、"物質の性質は、物質を小さく切り刻んだ要素を調べれば判るだろう" と考えることで、分子や原子の発見へとつながり、やがて素粒子の研究へとつながった。
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ウォーターズは例の一つとして生物学の遺伝的アプローチを取り上げる。遺伝的アプローチは1.自然に生じるか人工的に生み出された、注目されている生物学的プロセスに関連した違いを示す変異体を同定する。2.変異体の遺伝子を分析する。3.注目のプロセスをより理解するために、変異体同士を配偶させる。これによって特定の表現型に影響を与える遺伝子を分離することができる。しかしこの戦略は新しくない。生理学者は例えば哺乳類の循環系など様々なメカニズムを、その部品に干渉することによって、何が起こるか観察して解明した[31]。

この研究プログラムは機能的分析とも呼ばれる。例えば線虫のニューロンを調査している研究者は、神経系の部分がどの様な能力に貢献しているかを知ることで神経系を説明しようとする。ニューロンの中でベータスペクトリンはどのような機能を持っているか?マーク・ハンマーランドとエリク・ヨーゲンセン、マイケル・バスティアーニはそれがニューロンのグロースコーンに含まれており、軸索と樹状突起の成長にかかわっていることを明らかにした[31]。

ゴドフリー=スミスは次のように述べた。

“ 我々が生物学のような領域で成功した還元主義研究プログラムを見るとき、様々な生物学的プロセスがどのように起こるのかについて知識が蓄積されているのを見ることができる。我々は光合成、呼吸、タンパク質の合成、脳の信号の伝送、筋肉の動作、免疫反応のプロセスの優れた理解を持っている。これらの研究は、もっともな事ながら還元主義的であると言うことができて、そしてしばしばそう言われる。我々は高次レベルのプロセスや能力を取り上げて、下位レベルのメカニズムや実体がどのように働いているのかを説明することができる。多くの場合、下位レベルとは分子あるいはそれ以下のレベルのことである。下位レベルの説明はシステムの複雑さに圧倒されるが、しかしその複雑さはそれがどのように起きるかを説明する我々の能力を圧倒しない。[32] ”

還元主義により、膨大なデータから偏差を整理しながら近づいてゆき、ひとつの推察にたどりつく、という手法が生まれたともされる。

2009年06月09日

医療技術の高度化に伴い薬学的側面から処方の

医療技術の高度化に伴い薬学的側面から処方の提案や監査が必要となり、病棟で医師、看護師と一緒に医療チームとして働く病棟薬剤師が配属されるようになり、入院患者に対する指導料も大幅に増額となった。こうした変化に対応するため、他の先進国並の薬学部6年制が導入され、専門薬剤師制度の充実も進んでいる。 さらに薬局においても、後発医薬品・スイッチOTCの普及が推進されているため、医薬品適正使用に関する専門知識が求められる場面が増えている。

医薬分業の進展により薬局等での需要が増えているが、2009年の登録販売者制度の導入により第二類および第三類一般用医薬品を販売するには登録販売者がいれば薬剤師の常駐が不要となり、医薬分業率は70?80%で頭打ちになるとの予想から薬剤師の需要は頭打ちになるのではないかとの意見もある。もともと、人口1000人あたりの薬剤師数は1.21と、先進国中では最も高く[2]、厚生労働省の薬剤師問題検討会が2002年にとりまとめた報告書「薬剤師需給の予測について」によれば、早ければ2006年にも需要は頭打ちとなり、2037年には薬剤師は36万人となるが、需要は23万人として13万人の余剰が出ると予測している。

さらには、2003年就実大学と九州保健福祉大学が約20年ぶりに薬学部を開設、その後も学生数を確保するため薬学部を新設する大学が相次ぎ、2007年までに26大学・学部が新設された。その結果、2007年の薬学科の入学定員は12010人となり、5年間で5000人以上増加[3]した。今後薬剤師の余剰人員が増加することが予測されるにもかかわらず、薬学部の新設がその後も続いている。厚生労働省では新たに「薬剤師需給の将来動向に関する検討会」[4]を組織しているが、こうした現状に関係者から懸念が表明されている。
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薬剤師法第1条には、「調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどる」とされている。医師の指示のもとに業務を行うコ・メディカルとしての側面をもちながらも、他の医療資格と異なり、業務の場が医療機関だけではないのが特徴でもある。

特に医薬品に関する業務においては、開発・製造から、流通、販売におけるまでほぼすべての分野で関与しており、薬剤師免許を活用できる。医薬品以外でも世界各国推進されているセルフメディケーションに関与できる唯一の国家資格者としての責任を負っている。

薬局において処方箋に基づき調剤などを行なう。このほかにも一般用医薬品や医療機器、日用雑貨品の販売を行う。近年では医薬分業の進展に伴い、薬局数・薬局従事薬剤師数ともに増加傾向にある。

2009年04月25日

アッバース1世の再興

1587年、ヘラートにいたムハンマドの王子アッバース(1世)はクズルバシュに擁立されて兵をあげ、当時の都カズヴィーンを占領して父から王位を譲り受けた。翌1588年、クズルバシュを抑えて実権を掌握したアッバース1世はオスマン帝国、シャイバーン朝と和平を結んで軍事活動を中断すると、クズルバシュに頼った軍事制度を改め、クズルバシュから選出されたコルチ軍団と、グルジア系、アルメニア系出身の奴隷からなるグラーム軍団のふたつからなる常備騎兵軍を組織するとともに、ペルシア系定住民出身者を中心とする銃兵軍団、砲兵軍団を創設して、オスマンにも対抗できる軍隊をつくりあげた。1598年、攻勢に出たアッバースはシャイバーン朝を破ってホラーサーンを回復し、1603年、オスマンと開戦してアゼルバイジャンを回復、1624年には100年ぶりにバグダードを再征服して創建当時のサファヴィー朝の領域を取り戻し、サファヴィー朝はアッバース1世のもとで最盛期を迎える。

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アッバース1世の軍事的成功には、彼個人の才能も十分あるが、同時期に西欧諸国との同盟関係も大きいと言える。特に17世紀に全盛期を迎えたオランダとの同盟はサファヴィー朝の強化に貢献した。オランダの起こした軍事革命による恩恵も大きかっただろう。西欧との同盟関係は、オスマン帝国との政治的な問題でもあった。西欧は、ヨーロッパに食い込むオスマンを駆逐するために有益なアジアの同盟者として、オスマンの背後にいるサファヴィー朝との関係を重視したのである。オスマン帝国の弱体化は双方にとって有益であり、サファヴィー朝にとってもヨーロッパの先進的な軍事力は、国力強化や中央集権化など、国益に繋がるものであった。

1597年、アッバースは都をイラン中部のイスファハーンに移し、イスファハーン旧市街の郊外に王宮を中心に庭園に囲まれた新都が造営された。新都と旧市街の中間に「王の広場」を中心に「王のモスク」(現イマーム・モスク)などのモスクが立ち並ぶ公共空間が建設され、ペルシア系、テュルク系の宮廷の人々のほか、アルメニア商人やインド商人など遠隔地交易に従事する多くの異郷出身者が住み着いたイスファハーンの人口は50万人に達した。

アッバース1世は盛んな軍事行動や建設事業の財源としてそれまでクズルバシュの部族が支配していた土地を没収して王領地に収め、君主権力を拡大した。アッバースの時代にサファヴィー朝はそれまでの遊牧国家型の分権的な体制を抜け出し、ライバルであったオスマン帝国と同じように、君主の絶対権力のもとで君主の信任によってのみ権力を保障されるエリートたちが統治を担う専制国家へとさらなる転身を遂げた。

2009年04月08日

トランス (音楽)

トランス(Trance)は、ハウスから派生した音楽の一種である。130から150くらいまでのBPM(テンポ)のリズムに加え、うねるような旋律を奏でるのが特徴。そのリズムやメロディは、さも脳内の感覚が幻覚や催眠を催す「トランス状態」に誘うかの様な様式からトランスと呼ばれている。主にクラブシーンやレイヴパーティーなどでDJらによってターンテーブルまたはCDプレイヤーなどを用いて演奏される。トランスミュージックの中には2つの大きな流れがある。

ダンスミュージックとしてのトランスは、1980年代中期にアシッド・ハウスから派生した。ハウスから派生したのかテクノから派生したのかは難しいところであるが、テクノ組のトランス参入は中期以降である。現在のトランスミュージックは主に西ヨーロッパ圏を中心に流行しているトランスと、世界規模で流行しているサイケデリックトランスがあり、これらは互いに影響を与えあいながらも異なった変化を遂げてきた。ドイツのフランクフルトで誕生したトランスは隣国ベルギーのニュービートなどから強く影響を受け、リズミカルなドラムパターンや叙情的なメロディを持っており、現在のトランスミュージックの基礎を作った。また1990年代初頭からインド西海岸のゴア地方に持ち込まれたジャーマンやベルジャンを初めとするハードコアテクノやジャーマントランスなどが、1993年から1994年頃ゴアトランスに発展した。

派生分類 [編集]
アシッドトランス(Acid Trance )
アシッドテクノから派生した。当時テクノやハウスで定番の機材となっていたローランド製TB-303ベースシンセサイザーのうねった音でメロディーや展開を作っていたのが特徴である。代表的なアーティストはハードフロア、アート・オブ・トランスなど。
ゴアトランス
ヒッピーの聖地、インドのゴア地方で誕生し発展したトランス。イスラム音階などの民族音階を用いたメロディや、宗教を思わせる民族的なパーカッションや音声をサンプリングし、有機的で民族的な楽曲が多いのが大きな特徴である。1990年代前半から後半にかけて大きく流行したが、現在ではゴアトランスから発展したサイケデリックトランスに取って代わられた感がある。なお、当時シーンを牽引したアーティストはイスラエル出身が多かった。
サイケデリックトランス
1990年代後半にゴアトランスから派生したジャンルで、ゴアトランスと比べるとよりハードかつ無機質で金属的な質感の音色が多用されているが、明確な境界はない。2000年以降に世界各地で流行の兆しを見せ、イスラエル、イギリス、フランスを始め、オーストラリア、南アフリカ、ロシア、そして日本などのレーベルからCDがリリースされている。代表的なアーティストはGMS、TALAMASCA、SKAZI、INFECTED MUSHROOM、Man With No Name、The Infinity Project、Kox Box、Hallucinogen、Shpongle、Astral Projection、ジュノ・リアクター、NABIAなど。
ユーロトランス (Euro Trance )、ハンズアップ(Hands Up )
主にヨーロッパを中心に展開されているトランス。かなりハードなキックとベースラインなどハードコアテクノの派生とも言える要素も含まれているが、比較的音数が少なくアップテンポでメロディアスなメロディーラインが特徴と言える。
ダッチトランス(Dutch Trance )
1990年代後半に派生したユーロトランスの1ジャンル。ローランド製JP8000/8080シンセサイザーに搭載されたSuper Sawオシレーターの音色を多用した楽曲が多く、それを利用した壮大でメロディアスな楽曲が代表的である。1998年にリリースされたSystem F Out Of The Blueで西ヨーロッパを中心に流行したが、主要なアーティストの多くがよりプログレッシブな音へシフトしたこともあり現在は下火である。なお、System Fを始めとする代表的なアーティストの多くがオランダ出身であり、オランダを中心に流行し始めたことからダッチ(Dutch:オランダ人)トランスと呼ばれている。しかしスタンダードになってしまったが故に特徴を示すジャンル名としては形骸化してしまっている。代表的なアーティストはFerry Corsten、Armin van Buuren、Tiësto、Rank 1など。
プログレッシブトランス(Progressive Trance )
このジャンルはテクノやハウスなど他のジャンルとクロスオーバーする傾向が強く、プログレッシブハウスとの明確な線引きもないためしばしば混同して呼称される。プログレッシブ(進歩的)の名の通り、既存のカテゴリーにとらわれない実験的でジャンルレスな楽曲が多いのが特徴である。また海外ではこれらのジャンルを総称してプログレッシブダンスミュージックと呼称することもある。括る言葉はまだ生まれていないがプログレッシヴトランスというジャンル内でも2つのタイプに分かれる。1つはSasha、 John Digweedらプログレッシヴハウスの延長線上にいるタイプ。もう1つはMarkus Schulzに代表されるユーロトランスと密接に連携してきたタイプで、こちらは2004年以降増えており今日の主流となっている。代表的なアーティストはSasha、Sander Kleinenberg(ハウス寄り)、Markus Schulz、Gabriel & Dresden(トランス寄り)など。
エピックトランス(Epic Trance )
いわゆる日本のクラブシーンで流れているトランスミュージックの総称らしく、綺麗なメロディ重視の歌モノが多い。日本ではジャンル名としてしばしば用いられるが、海外ではどちらかというと曲の特徴を表現する際によく使用されている。(例:Epic, Melodic, Uplifting, Tech等)
ユーフォリックトランス(Euphoric Trance )
ドイツではジャンルとして定着している。明確な線引きはないが、癒しや恍惚、トランス本来の要素を含んでいる曲を指す。代表的なアーティストはKyau vs. Albert、Ronski Speed、Above & Beyond、Smith & Pledgerなど。
テックトランス(Tech Trance )
2000年頃にハードトランスのスタイルの1つとして作られ始めたが、2004年にエピックトランスを作っていたアーティストの一部がこちらのジャンルへシフトしたことでシーンが隆盛し、市民権を得た比較的新しいトランス。テクノの持つミニマルな展開やリズパターンを強く意識した楽曲が多く、プログレッシブトランスと共に現在西ヨーロッパで主流ジャンルの1つとなっている。テックハウス、ハードトランス(ダンス)から転向したDJも多い。代表的なアーティストはTiësto、Marco V、Randy Katana、Mark Sherry、John Askew、Sander van Doornなど。
イビザトランス(Ibiza Trance )
スペインのリゾート、イビサ島を中心に発信されるユーロトランスの1ジャンル。ピアノやボーカル、アコースティック・ギターの入った楽曲が多く、ハウス的な要素も持ち合わせているためバレアリックハウスと呼ばれることもある。代表的なアーティストはATB、Fragma、Solar Stoneなど。
ジャーマントランス(German Trance )
かつてジャーマン系DJの曲はこのように総称された。時期としては、90年代前半の曲を指す場合が殆ど。代表的なアーティストはPaul van Dyk、Humate、Cosmic Baby、Jam & Spoonなど。
ハードトランス(Hard Trance )
激しいビートが特徴のトランス。ハードダンスとも呼ぶ。代表的なアーティストは、YOJI BIOMEHANIKA、DJ Scot Projectなど。
テックダンス(Tech Dance )
2007年にDJ Yoji Biomehanikaが提唱した「トランスよりもテッキーでグルーヴィーな」楽曲群を指す。海外ではローリングテクノとも言われることもある。代表的なアーティストはYoji Biomehanika、Remo-conなど。
ロシアントランス(Russian Trance )
ジャンル名ではなくジャーマントランス・ダッチトランスと同意でロシア系のDJの曲の総称。日本ではあまり認識されていないが、近年のロシアのクラブシーンの隆盛は著しい。一過性の現象に終わるかと思われた2001年のPPKの登場から3年を経た2004年、Bobina、Vadim Zhukovという新星が欧州のクラブシーンへ進出した。両者共にU.K. オランダの複数のレーベルと立て続けに契約、その後多くのロシアのDJが欧州進出を果たしている。また、プログレッシヴトランスシーンの拡張も近年顕著である。

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2009年03月24日

和電鉄の認可最高速度は当時の国鉄同様95km/h

阪和電鉄の認可最高速度は当時の国鉄同様95km/hだったが、現実にはしばしば120km/h - 130km/hにも達する速度違反が行われていたともいう[8]。もっとも、監督官庁が鉄道省であった当時、仮に国鉄線以上の速度で申請を出しても認可は得られなかったのが現実である。

史実の一つに、回復運転の逸話がある。当時の阪和では乗客へのサービスのため、阪和天王寺駅では発車時刻になっても改札に客がいる場合は発車を待たせ、遅れた客を乗せたうえで発車させるようにしていたが、それでも定刻に東和歌山駅に到着させることが厳命され、乗務員は実際に回復運転を図って定時到着させていたというのである。これは高規格な軌道と、大出力電車の高性能に負うものであり、安全上での一応の余裕はあったが、恐るべき「暴走」ぶりであった[9]。

また1935年頃の同社の営業案内には「最高時速は120粁(キロメートル)で日本一の快速電車である」と記されている。古い時代の鉄道では営業運転での最高速度でなく、実際に達することのない設計・計画最高速度をPRに使う誇大広告のケースがまま見られた。例えば、南満州鉄道の「あじあ」号について時折語られる「160km/h」という最高速度も、実際の営業運転では到達しておらず「130km/h」が最高であった。が、阪和では一見額面のみの「最高速度」を表示しつつ、実際にもそれだけの超過速力を出していたもので、阪和の徹底したスピード主義を読み取ることができる。

古く明治時代に軌道条例→軌道法準拠で開業して低速運転を強いられながら、監督官庁の目をかいくぐって無許可の高速運転を敢行した阪神電気鉄道以来、特に戦前の関西私鉄各社ではこの種の速度違反が日常的に行われていたことは確かである。阪和電鉄の手本となった新京阪線でも、途中の速度制限などから逆算すると法規を守っていればあり得ない所要時分の超特急を運行するなど、是非は別として、阪和だけが違反に手を染めていた訳ではなかったのが当時の実情であった。

超特急以外の列車 [編集]
1935年1月には国鉄和歌山線と阪和電鉄線の交点に紀伊中ノ島駅[10]が設置された。和歌山線のガソリンカーが発着するときは阪和中之島に超特急を停車させたが、同駅に停車する超特急は所要時間が48分と遅くなるため、「特急」へ格下げられた。「特急」は同年3月からは鳳駅にも停車するようになった。

阪和電鉄では、他にも阪和天王寺 - 阪和東和歌山間を途中鳳・和泉府中・阪和岸和田(現、東岸和田)・阪和砂川(現、和泉砂川)に停車(特急同様、一部は紀伊中ノ島にも停車)して58分で結ぶ「急行」や、朝夕ラッシュ時に阪和天王寺 - 久米田間(南田辺・杉本町・阪和堺(現、堺市)と上野芝以南各駅に停車)を結ぶ「準急」・阪和岸和田(現、東岸和田)を挟んで実質的に準急とは逆の停車駅(天王寺から阪和岸和田まで各駅停車でその先は熊取・阪和砂川に停車)となる「直急」・秋の行楽シーズンに運転された阪和天王寺から山中渓までノンストップ(後に長滝・阪和砂川にも停車)の「ハイキング列車」などの優等列車を運行した。

南海鉄道との競合 [編集]

豪華電車・高速電車 [編集]
在来路線である南海鉄道は、新興勢力である阪和電鉄の開業に対して危機感を持った。阪和電鉄の建設計画が持ち上がると、早くも南海は1923年から対抗策として、電車としてはそれ以前に日本で先例のない豪華な急行列車を大阪難波 - 和歌山市間に運転開始する。

これらは新たに開発した電7形・電付6形(電7系。のちにモハ1001形などへ改称)などで構成される4両編成で、これらの車両のうち、第6編成までは(船舶などと同様に)編成ごとに沿線の名所旧跡にちなんだ「浪速」・「和歌」・「住吉」・「濱寺」・「大濱」・「淡輪」という固有名称が与えられていた。この電7系は扇風機付きの喫茶・優等室を備え、便所も完備するなど日本における本格的な長距離電車列車の嚆矢と言える存在である。

だが大阪 - 和歌山間程度の距離では、むしろスピードに注力する方が現実的であった。このため南海は1929年、阪和モヨ・モタ車にも比肩する出力800馬力・20m級の大型鋼製電車・電9形(のちのモハ2001形)を開発し、電7系に代えて、南海本線の優等列車に投入した。

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2009年03月08日

ソース焼きそば

ソース焼きそば(ソースやきそば)とは焼きそばの一種で、中華麺を野菜や肉と共に炒め、ウスターソースまたは濃厚ソース(焼きそばソース)に絡めて味付けした日本の麺料理である。

日本全国に普及している一般的な店頭メニューであり、家庭でもよく作られる。 中華料理の炒麺に似ているが、別物である。 ソース焼きそばは第二次世界大戦直後の闇市の屋台で生まれたとされる。日本で単にやきそば、焼きそばと呼ぶ場合、このソース焼きそばのことを指す場合が多い。縁日の祭の屋台、海水浴場の海の家、学園祭の模擬店等での定番メニューとして人気がある。焼きそばを用いたお好み焼きの一種「モダン焼き」や、焼きそばとご飯を組み合わせた料理「そばめし」などの派生料理があり、また、焼きそばをホットドッグに使用するパンに挟んだ「焼きそばパン」も、調理済みパンの定番商品となっている。新潟県には、焼きそばに似た薄味の麺の上にパスタ用のミートソースをかけた「イタリアン」というファーストフードがある。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

近年では(2006年現在)、この焼きそばを名物に位置付け、地域振興を図っている地方都市もある。秋田県横手市の「横手焼きそば」、群馬県太田市の「太田焼きそば」、静岡県富士宮市の「富士宮焼きそば」がその代表例である。宮城県石巻市、同気仙沼市を始めとする宮城県沿岸地域では、焼きそばと言えば一般的な黄色い中華麺ではなく、茶色のせいろ蒸し中華麺を用いる。この焼きそば専用の中華麺を開発したことで、石巻市は焼きそば発祥の地を標榜している。

調理法
フライパンに油を引いて熱し、まず豚肉から焼く。火が通ったら、5cm角に切った野菜類を入れ、塩、胡椒で下味を付けて炒める。蒸した中華麺を加え、フライパンの上でほぐしながら炒め、ウスターソース類をかけて麺と具に味を絡める。なお、味付けに醤油を若干加える場合もある。麺がほぐれにくい場合は、水か湯を加える。麺はあらかじめ電子レンジで温めておくと、混ぜるだけでよくなり、手早く焦がさずに作ることができる。焼き上がったら、紅生姜・天かす・干しエビ・鰹節の粉末(削り粉)・青のり(または刻み海苔)・マヨネーズなどを付け合わせて完成。

フライパンではなく鉄板を調理に使用する場合は、具材を投入する順序が一部異なる。


現在、市販されている焼きそば用の麺は、その殆どが製麺所が製造する蒸し麺である。生麺を使う場合も、ゆでるよりも蒸す方が仕上がりがべた付かず、食感が良いものにできる。沖縄県では、沖縄そばの麺が使用されることが多い。

市販の蒸し麺タイプの製品では東洋水産の「マルちゃん 焼きそば3人前(ソース付き)」が全国的に流通しており、代表的な製品である。

具材
ソース焼きそばの具材には、肉類では豚肉を、野菜類ではキャベツ・ピーマン・ニンジン・タマネギを主に使用する。

インスタント食品
インスタント食品として製造・販売されている焼きそばは、袋麺タイプのものとカップ麺タイプのものがある。フライ麺または乾燥麺が使用される。

袋麺
調理法
フライパンに水を入れて沸騰させ、麺を入れる。水が減り始めたら麺をほぐし、個々で用意した具材を投入する。水が無くなる直前に製品付属の粉末ソースを加えて掻き混ぜ、皿に移す。最後に青海苔を振りかけて完成。

製品
日清食品の「日清焼そば」や明星食品の「鉄板焼きそば」が代表的な製品。他に、フライ麺の表面にソース味を付けた「ホンコンやきそば」という製品がエスビー食品から発売(北海道、大分県など地域限定)されている。2007年には「日清焼きチキン」という同タイプの商品が日清食品からもでたが、いわゆるソース焼きそばではない。水と火力の加減が必要で、具にもうまく火を通すとなると調理が難しい事もあり、カップ麺タイプの焼きそばに比べると市場は限られている。実際、メーカー各社が発売している袋麺タイプの焼きそばは種類が少ない。

起源
日清食品の研究員が、鍋代わりにフライパンを使って袋麺のインスタントラーメンを調理していた最中、誤って水分を蒸発させてしまった。その時出来たものにヒントを得てインスタント焼きそばは開発された、とする説がある。

2009年02月20日

スーパーロボットスピリッツ……ネビーイームの中枢

ジュデッカ(レビ機)
スーパーロボットスピリッツ……ネビーイームの中枢となっていた機動兵器。「オペレーションSRW」においてSRXを返り討ちにした。地球侵攻はせず地球人に猶予を与えるなど行動に不可解な点が多かったが、その正体は未来からスーパーロボットの情報を収集するために送り込まれたバルマーに洗脳されたネオイノセントの機動兵器だった。「オペレーション・スーパーロボットスピリッツ」のもと集結したスーパーロボットたちに敗れる。時間と空間の狭間を具現化するクロスゲート・パラダイム・システムを持っており、デビルガンダムと何らかの関係があるようで、劇中デビルガンダムを母体として利用しメギロートを増殖していた。レビの搭乗時は頭に多くの細い線を繋ぐために髪の毛と一体化しているように見え、彼女がロングヘアであるかのように錯覚させる。
α……レビの乗る白いジュデッカ。普段はメギロートの管制を行っている。カルケリア・パルス増幅装置と呼ばれるT-LINKシステムに似たシステムが搭載されており、巨体に似合わない高い機動力を持つ。元々は戦闘可能状態になるまで時間が掛かるズフィルードに代わる汎用兵器として開発された。ズフィルードに匹敵、もしくは上回る戦闘力を追求していった結果、カルケリア・パルス増幅装置を始めとする様々な特殊装置やそれを応用した兵器が装備されるようになった。しかし、この装置はパイロットを強制的に戦闘マシンへ変貌させるためにパイロットの負担が大きく、レビ以前に数多くの人間が稼動実験の犠牲となっている。この他、機体は自己修復機能を持つズフィルードクリスタルで構成され、量子波動エンジンで稼動する。コードネームは「ホワイト・デスクロス」。
OG/OG2……ネビーイーム最深部で待ちかまえていた、超大型機動兵器。ネビーイームの中枢でもある。L5戦役で撃破されたが、セプタギンが回収し修復しようとした。回収された破片の多くは破棄されたが、コアがSRX計画のラボに、破片の一部が軍の極秘プロジェクトに回された。
OGS……基本的にはαやOGと同一だが、機体は一回り以上大型化した。また、各武器の名称は同じだが一部を除いて演出が変更され、戦う相手を氷結地獄に誘う。更に最終地獄ジュデッカ使用時は、巨大な鮫のような形状に変形して相手に喰らい付き、カイーナ、トロメア、アンティノラを打ち込んだ後にジュデッカの底に叩き落とし、魔王ルチフェロ(サタン)の三つの顔に貪り喰わせるという非常におぞましい演出となっている。今作では一部の技のモーションがスーパーロボットスピリッツでのジュデッカのものに酷似している。
ジュデッカ(ユーゼス機)
α……ユーゼス専用の黒いジュデッカ。基本的にはレビが搭乗したタイプと同じだが、クロスゲート・パラダイム・システムを搭載している。最終決戦に登場した時は未完成の状態だったが、それでもズフィルード以上の性能を誇った。コードネームは「ブラック・デスクロス」。
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

ヴァイクル
ヴァイクル
OG……最初はジュネーブに出現した指揮官用の大型機動兵器。レビが遠隔操作で操っていた。識別コードはグリフォン。
ヴァイクル・ベン
OG……ホワイトスター中枢部に配備されていた、ヴァイクルの量産型。制御兵が搭乗しているが、実際にはレビが直接操作している。セプタギンが複製して出現させることもある。
ヴァイクラン
第3次α……ハザル・ゴッツォ専用機としてヴァイクルを改良した機体。ディバリウムとの合体機構を搭載したためか、形状はヴァイクルとは大きくかけ離れた姿をしている。T-LINKシステムを強制的に起動させるシステムが内装されており、これを使ってSRXの動きを止めて大破させた。三重連太陽系宙域での戦闘でαナンバーズに破れた後、ハザルを廃人にしたエイス・ゴッツォが乗り込むが、バルマー本星での戦いで撃破されている。
ディバリウム
第3次α……エイス・ゴッツォが中盤まで乗り込んでいた機体。超広領域殲滅兵器として開発され、装備されている兵装の大半がMAP兵器という極めて特異な機体である。その性能でもってゲートを防衛していた地球連邦軍の艦隊を瞬時に殲滅した。ガドル・ヴァイクランに合体する時は機体がバラバラになり、ヴァイクランの増加装甲の形となって合体する。
ガドル・ヴァイクラン
第3次α……ヴァイクランとディバリウムが合体した姿。地球のスーパーロボットを参考にしているらしい。ヴァイクランとディバリウムの合体攻撃「アルス・マグナ・フルヴァン」でしか確認できない。なお、合体攻撃自体はディバリウム側からは使用出来ないという弱点があるため、簡単に封じ込める事が出来る。

ジュモーラ
第3次α……エツィーラ・トーラー専用の機動兵器。T-LINKシステムが搭載されており、それを応用した兵装が施されている。中?遠距離戦闘を得意としているが、接近戦でも十分な戦闘力を発揮する。フォレース宙域やバルマー本星宙域の戦闘でαナンバーズの前に立ち塞るが、敗北。その後、顕現したケイサル・エフェスの前に真・龍王機と共に現れるが、エツィーラの追従を不快に感じたケイサル・エフェスに一撃で破壊された。名称はモーセ五書の一つ出エジプト記に由来か。

ベミドバン
第3次α……ゼ・バルマリィ帝国の武家、ドバン家の当主に代々受け継がれてきた重機動兵器。製造されてから既に500年以上が経過しており、バルマー帝国が所持する兵器の中では最古の部類に属す。機体の改良は度々行われてきたが、旧式感は拭えず、武装も巨大な鉄球のみである。最新鋭機と互角に渡り合えるのはひとえに現当主であるバラン・ドバンの能力に拠る所が大きいが、それでも巨大な質量兵器を生かしたパワー戦術は強大で、トウマの雷凰を一撃で大破に追い込んだ。αナンバーズとは幾度か矛を交えたが、最終的には共に銀河の安寧を守るためにαナンバーズと合流する。名称はモーセ五書の一つ民数記に由来。
必殺技
ドバン・クラッシュ
突撃の勢いで鉄球を叩きつける。
ドバン・ハンマー
鉄球を振り回し、上から叩き潰して敵小隊を粉砕する。
ドバン・インパクト
上半身を高速回転させ、遠心力をつけて鉄球をぶつけ、敵機を粉々に粉砕する。作中では唯一「装甲ダウンLV3」を持ち、終盤の強敵戦では非常に頼りになる。

セプタギン
セプタギン
声優:???
OG・OGS……識別コードAGX-15メテオ3。アイドネウス島に落下した3番目の隕石。ビアン博士らの調査によって人工物であることが判明。解析のためにEOTI機関が組織され、数々のEOTがもたらされたが、同時に異星人の存在が明らかとなりDC結成のきっかけともなる。バルマーが最初に送り込んだブービートラップであり、「最終安全装置」と呼ばれる代物。対象となった文明がバルマーの予想を超える戦闘能力を発揮した場合、すなわち「ジュデッカの撃破」を引き金に起動。内部に封印されていたズフィルード・クリスタルによってセプタギンに変貌、アイドネウス島駐留艦隊を吸収し、バルマーの脅威となった地球文明を消滅させようとしたが、ハガネ・ヒリュウ隊によって撃破された。
物体を複製コピーする能力を持っており、地球製の兵器である戦闘機や戦艦などが取り込まれた駐留艦隊やこれまでの戦闘データからコピーされて運用された。さらに撃破されたジュデッカのコアを回収、修復しようとしたが、これはハガネ・ヒリュウ隊に阻止され、完全修復は成らなかった(制限時間オーバーでゲームオーバーとなった場合、ジュデッカが出現してゲームオーバーとなる)。
ビアン博士はこの隕石の監視のため、EOTI機関(後のDC)本部をアイドネウス島に置いたが、遂にその正体を突き止めることは出来なかった(リョウト曰く、ビアン博士は確証こそつかめなかったものの、薄々その正体に気付いていたようである)。ヴィレッタの考えでは、この「セプタギン」が成長を続けると、地球上のすべての「人間と、人間が創り出した物」にはズフィルード・クリスタルが打ち込まれ、その結果、地球文明はおろか地球そのものの滅亡もあり得るという。
固有BGMは『最後の審判者』。なお、『OGS』では声優が???となっているが、これは開発スタッフとの事。

新スーパーロボット大戦に登場する機動兵器
新スーパーロボット大戦では征服した惑星の機体を使用しているため、デザインに統一感が無い。

アマジャ
新……空戦用でビームが主武器。
アルテミス
新……肩にロング・キャノンを背負った砲撃戦用の機体。
キョウ
新……女性の格闘家の様なデザインで、格闘戦に長ける。
ゲルドラ
新……人型のスタンダートな機体。近接戦闘では腕で殴る。
ザドック
新……カラーリングと肩にトゲが付いたこと以外はゲルドラとほぼ同じ機体。こちらはビームサーベルを装備している。
シース
新……蜂型のロボット。『α』で言う所のメギロートにあたる機体。
ジャム
新……長い腕と爪が特徴だが、主兵装は射程の長いブラスター・カノン。
シュトゥル・クトゥール
新……大型ビーム・カノンを4門背負った空戦用の機体。
スカウト
新……偵察用の機体でモアイに似ている。ミノフスキートライアングルなど個性的な武装を搭載。
バディオ
新……砲撃戦用の機体で腕は砲に、足はキャタピラかホバーになっている。水中戦もこなす。
バトルクラッシャー
新……超が付くほど個性的な機体でビームモヒカンといった武器を持つ。ビーム発射時に目をウルウルさせるのが特徴(冷却水か?)。ゲーム本編中には改良型が隠しシナリオに登場するのみ。
リコニトーレ
新……人型の機体でビットのような武器を持つ。遠近そつなくこなす。

ガンエデン
別名、「人造神・アウグストス」(『龍虎王伝奇 下巻』参照)。 惑星防衛システムとして先史文明人の手で作られた巨大機動兵器。地球側のものをナシム・ガンエデン、バルマー側をゲベル・ガンエデンと呼ぶ。形状はゲベルは男性神、ナシムは女性神を模しているが、戦闘時にはドラゴンのような姿に変形する。稼動するには巫子と呼ばれるサイコドライバーが不可欠で、ナシムはイルイが、ゲベルはケイサル・エフェスと彼に操られた代々の霊帝が中枢となっていた。惑星を防衛するための究極の手段として惑星全体を結界で封印する他、外敵と見なしたもの全てを無差別攻撃する機能を持つ。この他、クストースと呼ばれる半生体兵器を下僕としている。

名称そのものの設定は無印シリーズの頃から存在していたが、キャラクター設定の元ネタはプロデューサーのインタビューなどからジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日に登場しているビッグファイアと思われる。両ガンエデンの最強武器「フォロー・ザ・サン」「キャッチ・ザ・サン」は劇中でクストースのネタにされていた『太陽戦隊サンバルカン』の主題歌の一部。

ナシム・ガンエデン
第2次α……人造神。地球を外的脅威から守るべく、結界で封印しようとするが、αナンバーズによって撃破された。本作では「ガンエデン」という名称である。
第3次α……一定の条件を満たして行ける最終面で、イルイが搭乗した状態で味方増援として登場する。移動力が低い上に主戦場からかなり遠くに出てくるので、敵が近づいてこない限りほとんど攻撃できないが、『第2次α』登場時の圧倒的なHPはおろか、基本性能や武器性能すら『第2次α』ラスボス時と遜色が無い(流石に『第2次α』熟練度難の時のHPにはなっていないが)ため、非常に心強い。スパロボシリーズのお約束である最終話限定の援軍の中では『MX』の神聖ラーゼフォンと並んで最強クラスの存在。
ゲベル・ガンエデン
第3次α……バルマー側のガンエデン。霊帝ルアフが搭乗する。性能はナシム・ガンエデンとほぼ同等だが、ナシム・ガンエデンの弱点だった燃費の悪さをEN吸収を付ける事によって克服している。ルアフを抹殺したシヴァーはイルイを利用して乗り込んだが、念動力者ではないシヴァーでは念動フィールドを展開できないため、結果的にルアフ搭乗時よりも防御力が低くなっている。しかし、マップ兵器が使用できるようになり、移動力も上がっている。熟練度次第では最終決戦時にケイサル・エフェスにより少数が量産され出現する。

クストース
連邦軍によって名付けられたクストースというコードネームは、ラテン語で「守護者」を意味する。ガンエデン及びガンエデンの巫子となるサイコドライバーを守護するために造りだされた超機人に似た半生体兵器に付けられたコードネーム。ワシ、サメ、ヒョウの姿をしており、それぞれが炎、水、雷を操る。ガンエデンの巫子であるイルイが危機に陥った時に、イルイを守るべく現れ、イルイがαナンバーズのメンバーの前から姿を消してからは、αナンバーズに襲い掛かるようにもなる。ナシム、ゲベル両方側のガンエデンにそれぞれ存在しており、バラルの園には、戦闘能力が若干低い複製型(量産型)も存在する。また、ゲベルに仕えていたクストース達は、霊帝ケイサル・エフェスの邪悪な霊気によって、全身が黒く染まっている。

クストース3体の呼称は、往年の特撮シリーズ『太陽戦隊サンバルカン』が元ネタであり、作中でも獅子王博士が「太陽に向かって行きそう」などとツッコミを入れていた。デザインモチーフは『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』の登場キャラクター、ビッグ・ファイアが従えていた三つの護衛団 であると思われる(更に元ネタを辿れば『バビル2世』の三つの僕)。

ザナヴ/ザナヴ・アフ
第2次α……クストースと名付けられたナシム・ガンエデンの3つの僕の一体。獣型で地上戦を得意とする。ザナヴ・アフは、ザナヴの複製型である。地球側での呼称は「パンサー」。
カナフ/カナフ・アフ
第2次α……クストースと名付けられたナシム・ガンエデンの3つの僕の一体。鳥型で空中戦を得意とする。カナフ・アフは、カナフの複製型である。地球側での呼称は「イーグル」。
ケレン/ケレン・アフ
第2次α……クストースと名付けられたナシム・ガンエデンの3つの僕の一体。魚型で水中戦を得意とする。ケレン・アフは、ケレンの複製型である。地球側での呼称は「シャーク」。
ラー・ケレン
第3次α……ケレンと同じ形状をした機動兵器でケイサル・エフェスの3つの僕の一体。元来はゲベル・ガンエデンの下僕であったと思われる。「ラー・?」となっているクストースはケイサル・エフェスの力の影響か、元の機体に比べて色が黒くなっている。
ラー・カナフ
第3次α……カナフと同じ形状をした機動兵器でケイサル・エフェスの3つの僕の一体。元来はゲベル・ガンエデンの下僕であったと思われる。
ラー・ザナヴ
第3次α……ザナヴと同じ形状をした機動兵器でケイサル・エフェスの3つの僕の一体。元来はゲベル・ガンエデンの下僕であったと思われる。

ケイサル・エフェス
ケイサル・エフェス
第3次α……ケイサル・エフェス本人が生み出した巨大機動兵器。元々、ケイサル・エフェス自身はゲベル・ガンエデンの中枢そのものであったが、自らの目的を果たすためにゲベル・ガンエデンという殻を脱ぎ捨て、代わりに己を守るための鎧として生み出した。材質等は不明だが、ケイサル・エフェスが悪意と怨霊の塊である以上、これも同じように作られたものと思われる。デザインはアトラスの悪魔絵師金子一馬が手がけている。なおαシリーズ全体の最終ボスのためか、彼に対する特殊台詞はバンプレストオリジナルキャラどころか多くの版権キャラに用意されており、当時としてはこれまでにない試みが導入されていた。
最終ボスに相応しく、圧倒的なまでの戦闘力でαナンバーズに戦いを挑み、一度は追い詰めるが、熱気バサラとリン・ミンメイが完成させた歌『GONG』やこれまでの戦いで散っていった人々の魂に励まされたαナンバーズに敗れ、消滅した。

2009年02月04日

出雲国造(いずものくにのみやつこ、いずもこくそう)

出雲国造(いずものくにのみやつこ、いずもこくそう)は、出雲国(現在の島根県東部地方)を古代に支配した氏族・出雲氏の長が称した称号である。代々出雲大社の祭祀を受け継いだ。

出雲国造は、国譲りに応じた大国主命を祀る為、天日隅宮(あめのひすみのみや=出雲大社)の祭祀を担った天穂日命(あめのほひのみこと)を始祖とする。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

実際は、弥生時代から古墳時代にかけて出雲地方を中心に大きな勢力を誇った出雲氏が、ヤマト王権下において出雲国造に任ぜられたものとみられる。国造制は大化の改新以後、全国的に廃止される方向に進んだが、出雲国造、紀伊国造など、ごく一部のみが存続を許された。

律令制下における出雲氏は、出雲国東部の意宇郡に居を構え、出雲国造と意宇郡郡司を兼帯していたが、延暦17年(798年)に兼帯が禁じられたことにともない、以降その拠点を杵築(現在の出雲大社周辺)に移した。元々出雲国造家の発祥は意宇郡であり、出雲大社と同時に熊野大社における祭祀も行っていた。現在でも国造の代替わりの儀式である「火継式」に際しては、熊野大社と神魂神社にて儀式が行われる。

その後、現在に至るまで、出雲大社の祭祀長を示す称号として出雲氏の子孫が世襲している。出雲国造家は、南北朝時代(1340年頃、康永年間)以降、千家氏(せんげし)と北島氏(きたじまし)の二氏に分かれ、それぞれが出雲国造を名乗り、幕末まで出雲大社の祭祀職務を平等に分担していた。

現在では、千家氏は出雲大社教(いずもおおやしろきょう)、北島氏は出雲教とそれぞれ宗教法人を主宰しているが、出雲大社自体は神社本庁の傘下であり、宮司は千家氏が担っている。

出雲国造神賀詞の奏上
奈良・平安時代の出雲国造は、その代替りごとに朝廷に参向して「出雲国造神賀詞」を奏上する儀礼を行っていた。

儀式の次第は「延喜式」に記されており、それによればまず新しく国造となった者は朝廷に上って新任の式を行い、天皇から「負幸物」を賜る。その後出雲に帰って一年間潔斎をした後、再び朝廷に上り、神宝・御贄を献って神賀詞を奏上する。そして出雲に帰ってまた一年の潔斎を行い、再び朝廷に参向して献物を捧げて神賀詞を奏上するという。

文献の記録では、霊亀2年2月に第23代国造出雲臣果安が奏上したとの記事(「続日本紀」)が初見であり、以後天長10年4月の第33代国造出雲臣豊持による二度目の奏上(「続日本後紀」)まで15回の記録がみられる。しかしこれはあくまでも文献上であり、実際は最初の奏上が果安以前の国造であったり、最後の奏上が豊持以降の国造である可能性は高い。また神賀詞の内容や儀式の次第についても記録は延喜式制定時点のものであり、各代の奏上において同一ではなく、時代を追って変遷していると思われる。

奏上儀式の起源については、朝廷が古代の在地勢力による服属儀礼を、代表として出雲国造に命じて行わせたとする説や、出雲国造が自らの系譜を朝廷の神話体系の中に売り込むべく始めたとする説などがあり、定かではない。しかしいずれにしろ、この儀式は古代日本において他の国造にみられない出雲国造独特の儀式であって、記紀神話において出雲神話が非常に大きなウェートを占めていることや、国造制の廃止後も出雲国造が存続された理由とも切り離すことのできない儀式である。

また、第83代国造千家尊祀は国造を継いだ翌年の昭和23年6月、宮中に参内して出雲玉造産の御統玉三種一連を献上し、古代以来の神賀詞奏上を行った。

国造家の分裂
参照南北朝時代の第54代国造孝時は、六郎貞孝を寵愛し、国造を継がせようと考えていたが、孝時の母である覚日尼(塩冶頼泰の娘)から「三郎清孝は病弱であるが兄であるので、後に貞孝に継がせるとしても、まず一時的にでも兄である清孝に継がせるべきだ」と説得を受け、清孝を後継者とした。その後清孝が第55代国造となったが、やはり病弱であったため職務を全うできず、弟の五郎孝宗を代官として職務のほとんどを任せ、そのまま康永2年(興国3年/1343年)、国造職を孝宗に譲ることとした。これに対して貞孝は自分に国造職を譲るのが本来であると猛烈に反発し、神事を中止し、軍勢を集めて社殿にたてこもるなど、紛争状態となった。

事態を重く見た守護代の吉田厳覚は両者に働きかけ、年間の神事や所領、役職などを等分するという和与状を結ばせた康永3年(興国4年/1344年)6月5日)。以降、孝宗は千家氏、貞孝は北島氏と称し、国造家が並立する形で現在に至る。なお、明治時代には千家氏・北島氏ともに男爵として遇されている。

火継式(神火相続式)
火継式は出雲国造が代替わりの際に行う儀式であり、神火相続式とも呼ばれる。

前国造が帰幽(死去)した際、新国造は喪に服す間もなくただちに社内の斎館に籠もって潔斎した後、燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)もって熊野大社に参向する。そして熊野大社の鑽火殿にて燧臼・燧杵によって火を起こし、鑽り出された神火によって調理された食事を神前に供えると同時に、自らも食べる。

その後、神魂神社において饗宴を受けた後、出雲大社に戻り、奉告の儀式を行い、火継式は終了する。この儀式にて鑽り出された神火はその後、国造館の斎火殿にて保存される。国造は在任中この火によって調理したものを食べるが、国造以外は家族であってもこれを口にすることは許されないという。

火継式の「火」は「霊(ひ)」であり、その火をもって調理されたものを食べることによって、天穂日命以来代々の国造の霊魂を自らの中に取り込むのだとされている。

歴代出雲国造
初代:天穂日命
12代:鵜濡渟(氏祖命)
17代:出雲宮向  反正天皇四年に国造となり、出雲の姓を賜った。
24代:出雲廣島  出雲国風土記を編纂した。
54代:出雲孝時
55代:出雲清孝

千家家
56代:千家孝宗
79代:千家尊澄
80代:千家尊福  出雲大社教を設立。司法大臣・東京府知事等を歴任。
83代:千家尊祀
84代:千家尊祐

北島家
56代:北島貞孝
76代:北島脩好  出雲教を設立。
79代:北島英孝

2009年01月21日

日本拳法(にっぽんけんぽう、にほんけんぽう)

日本拳法(にっぽんけんぽう、にほんけんぽう)は、1932年(昭和7年)、関西大学出身柔道家の澤山宗海(さわやまむねおみ)により創始考案された、防具(面・胴・股当その他)とグローブを着けての、突き、蹴り、関節技を駆使して勝敗を競い合う競技武道。日拳(にっけん、にちけん)と略して、あるいは単純に拳法と呼ばれることがある。

統括競技団体は日本拳法会と日本拳法協会の二系統がある。
そもそも柔術において確立された当身技が、柔道においては柔道形に含まれていながら試合では禁止されていることで余り稽古されていない状況から、当身を自由に安全にできる稽古の確立を目的として工夫された武道である。古来の柔術へ回帰する思想に基いた技術体系であるため、やわらを意味する「拳法」と称した。母体となった古流柔術の流派は今も特定されていない。ただ、澤山は大阪の渋川流と思われる流派を見学、または短期間学び(?)、柔術の当身技術について不満を感じ学ばなかったという話もある。ある説として澤山が当身を研究する中で一時期、空手の大家・摩文仁賢和に師事していた事を以って空手から派生したという説もあるが、実際のところ突き一つとっても空手とは異なる技術、用法である。

いくつかの古流柔術の流派が起源としている『日本書紀』にある古代相撲、野見宿禰と当麻蹴速の闘いは総合格闘技であり、日本拳法はそれを復元する試みとのふれこみもある。 事実、昭和40年代ごろまで、大きな試合は四隅にたてられた柱にロープを張った「リング」で行われており、これは古代、相撲神事で使われていたものの再現であるとのことであった。

澤山は関西大学と吹田市を拠点に日本拳法会を開き、関東進出を任された弟子の森良之祐がのちに袂を別って協会を開き、その協会から分裂して連盟が生まれた。関東では立正大学が東日本の大学で最初の日本拳法クラブとして創部され、以降関東において徐々に広がりを見せる。

すべて明治以降の出来事ではあるが、いわゆる総合格闘技ムーヴメントより遙か前から、あらゆる種類の技を駆使する直接打撃制の歴史を重ねてきている。その即用性の高さから、協会の拳法は自衛隊の教練にも取り入れられ、森良之祐が自衛隊徒手格闘制定に参画したことから、自衛隊徒手格闘は協会拳法と柔道と富木流合気道をベースに作られた。また、森は警察大学校の講師でもあったため警察の逮捕術にも大きな影響をあたえている。全国の大学にクラブがあり、その出身者(渡辺二郎(拳法会)、猪狩元秀(協会)など)たちの活躍もこの武道を大きく発展させる素地となっている。

松永俊治(関西大学出身)は、1962年から1970年までの全日本拳法個人選手権において9年連続優勝を果たしており、1975年の優勝をあわせると計10回の優勝を果たし、いまだに、この記録を超える人物は現れていない。 また、関西大学出身の雑古哲夫選手は合計で49回の優勝を重ねると共に、海外での指導も行い広く日本拳法を広める一役を担った。

日本拳法会は例えば打撃ぬきで即組み付き、崩し、押し倒す。タックルを用いる戦法も認められており立業の面蹴りを実撃としている反面、日本拳法協会では打撃を重視して規格統一的な指導を行い靴着用で蹴りが多彩なものの面蹴りを仮当てとし、日本拳法連盟では中間を採る、といった各々の独自性をみせている。

運営団体の特徴として大学における連携組織の充実があり体術及び練習法の体系化、指導者層の育成を見越していた点が評価される。他の打撃系団体もこれを模倣する組織が多い。澤山が日本拳法創始時、関西大学の学生と研究したことから同大では現在でも「学技」としており強豪である。その後国士舘大学や明治大学は、関西圏の日拳経験者を引き抜くようになり、現在では高校で成績のよかった選手は関東へと引き抜かれる場合が多い。また最近は明治大学、中央大学、龍谷大学、大阪商業大学、早稲田大学、関西学院大学などの大学も強豪として挙げられる。その一方で、最近では頑なに所謂セレクションの男子選手を採らない同志社大学の躍進も目覚しく、上述の強豪大学に接戦、もしくは時折勝利している。

近年の強豪選手としては龍谷大学出身の佐藤隆之、明治大学出身の中栄大輔などが挙げられる。

2007年2月、先述の森良之祐が逝去したが、関東地方において、今も尚、大学などで盛んであり、日本拳法が廃れる気配は見られない。逆に、草の根運動が広がっており、森が関東に蒔いた種は着実に実を結んできていると言える。

特徴
試合における勝敗の決着自体は、拳法会が剣道と同じく三本勝負、協会がポイント制を採っており、防具を使用した直接打撃である点が珍しいと言える。自由組手の形式をいち早く確立したのが日本拳法であるが、現在この組手という言葉を日本拳法では用いていない。現在日本拳法では防具練習(協会、連盟では実乱撃と呼称。実撃を行う。)、空乱(空撃・寸止めで行う)、想乱(いわゆるシャドー)という言葉を用いている。

拳技

突技
直突き(下肢も含めた全身運動を拳に収束する)の威力は他の流派へも一部で知られており、日本拳法を代表する技の一つと言われている。しかし、澤山の創案であり、日本拳法本来の代表技である「波動拳」はあまり知られていない。すなわち突打蹴に波動の法則を適用したものであり、人体の柔体を利用して打撃技に強い威力を授けるものである。具体的技術としては、構えの手を開手とし、手首をできるだけ起こす。そして、突きを出すにしたがって徐々に指先から丸めて拳を作り、目標に当たる瞬間に決めを作る。換言すれば、手首のスナップを最大限に生かしたスナップ突き(打ち)とでも言うべきものである。この動作によって、柔らかい構えから一気に強力な突き(打ち)を繰り出すのであり、これは拳技のみならず、蹴り技にも応用されている。澤山直伝の拳法は、この波動と円の動きが組み合わされた流れるような拳法であり、今日の打撃系格闘技に見られるようなボクシング的な動きとは一線を画すものであったと伝えられる。

打技
「突と打の異なるところは、拳の撃線が、突きの直線性なのに対して打の方は円線または弧状を描くことである」(宗家による定義)

日本拳法には、直線的な突き技とは別に円の動きを用いる打ち技がある。拳の用法により、以下のように呼ばれ、効果はそれぞれ異なる。

横打
ボクシングのフックにあたる
外打
空手の裏拳にあたる
斜打
野球のオーバースローに似た動きで相手の面を打つ
揚打
ボクシングのアッパーカットにあたる
横打であるが、拳を固めてボクシングのフックのように打つ方法もあるが、波動拳を利用して打つ方法もある。波動拳を利用する場合、例えば横打であればフックの軌道状で開手の手首を柔らかく返し、相手のこめかみに当たる寸前に拳を固めて打つという方法となる。この場合、相手のあごを打ちぬくというより、頭部の急所を中国拳法の「点穴」のように捉えて打つという感じとなる。

また、上記とは別に、相手の突き手を潜り急接近して脇に構えたオープングローブ(掌拳、掌底)を用い、すれ違いざまに胴を打つ技が、かつて存在した。斯の遣い手で著名だった者の一人が近藤寿一(関西学院大学出身)である。彼は人から嘲られようが爪先立ちで日常を過しつづけ、現役選手時代は常に下肢の鍛錬に努めていた(本人談)。

蹴り

突蹴り
 槍をかい込んで突き徹すような突き蹴り、かがんだ相手の胴部を蹴り上げる揚げ蹴り等、拇指の下あたりを当てる蹴りが多用される。過去の試合では胴への横蹴り(廻し蹴り)が少なく、遣う際も面への横蹴りと後ろ廻し蹴り以外では審判に採られ難かった。しかし近年では他の流派の影響も受けたせいか、横蹴り(横突蹴り、足刀蹴り)も多々見られる。
ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル

ローキック不可
防具のない箇所への打撃は反則とされているので、ローキックは存在しない。足払いは可である。サークルで個別にローキック使用を認めて研究しているケースもある。

組み討ち
日本拳法の特徴は、接近しての組み打ちにある。投げて倒す事は許されているが柔道のように投げで一本、とは原則ならない。倒れた相手に打撃(面部、胴部への踏み蹴りも有効)するか関節技を施して、成功して初めて一本が採られる。また、ムエタイの首相撲のような攻防からの膝蹴りも認められている。完全な膠着状態にならない限り、組討の攻防が留められることはなく、組んでからより自由な闘いが繰り広げられることになる。

倒れた相手に
上記のとおり倒れた相手へ関節技以外の攻撃でも伝統派空手と同様、続行して構わない。その種類は伝統派空手よりも広く認められている。突き・蹴り・踏み蹴り(頭部や胴、股を踏みおろす。)・抑え込んでの頭部、胴部への膝蹴り・足を掴んでの股蹴り・いわゆる四点ポジションからの頭部への膝蹴り、が昔から全て有効である。(特に踏み蹴りについては危険防止のため、空撃かライトコンタクトにより一本とされる。強い打撃は危険行為として反則負けになることもある。)

全方位的な武道
柔道家でもあった澤山は日本拳法を「全方位的な武道」として捉えていた。

日本武道として
澤山は、日本拳法に空手の貫き手にあたる「指頭拳」等の拳足技術を取り入れていた。

総合格闘技として
澤山は、日本拳法を「古代パンクラチオンを防具とルールの補備で安全化したものと言えるであろう」と述べている。

1993年、UFCの登場以来、古代パンクラチオンスタイルの総合格闘技では「重要なのは寝技のポジショニング」というセオリーがわかってきた。柔道の形態を嘆いて始められた日本拳法だが、この寝技のポジショニングが重視されていないため、総合格闘技でありながら古代パンクラチオンスタイルの総合格闘技では組技格闘技の柔道よりも向かないという見方もある。ただし、先の項にあるような、踏み蹴りや4点ポジションでの頭部への膝蹴りなど寝技での打撃技が競技ルールに組み込まれ、その技術が体系化されているのは他の格闘技に類がなく、その総合格闘技における有効性はPRIDEにおけるシュートボクセ勢の活躍により証明されているといえる。

澤山の理念は多くのすぐれた総合格闘家でもある武道家を生み、龍谷大学出身で総合選手権優勝の経験を持つ梅野孝明がシュートボクシング、同じく総合選手権を最年少で優勝した明治大学出身の中栄大輔がみちのくプロレス、流通科学大学出身の長島雄一郎などがキックボクシングでプロデビューを果たすなど、今後、日本拳法出身のプロ格闘家の輩出が期待される。

一部では他流派との交流も盛んであり、大道塾の主宰する北斗旗大会には、辻井恭(拳友会)・佐藤隆之(拳友会)・岡崎克史(青葉拳友会)・齋藤徹(日本拳法梟雄会)・山内真也(青葉拳友会)らが出場し、上位入賞・各賞受賞などしている。